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続・どんぐりも背くらべ

童話作家・九十九耕一のブログ

ヒースランドと私 8 vol.25~vol.28

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 '12年発行のvol.25には『白い糸、黒い糸』を掲載。
 認知症の春子は、毎日、いろいろなことを忘れてしまう。そんな春子は夢の中で「落ちた糸を譲ってほしい」という青年と会う。春子は揺り椅子に座っていて、その回りにはいくつもの糸が落ちている。白い糸と黒い糸。長さもまちまちだ。青年は、白い糸は喜んだり、楽しかったりといった、いい記憶。黒い糸は、悲しかったり、腹が立ったりと言った嫌な記憶。落ちた記憶の糸は、もう戻らない。青年はそれらを拾い、糸巻に巻きつけていく。認知症の切なさを描いたお話。

 私の母は60半ばで若年性認知症と診断されました。薬は飲んでいるものの、症状はだんだん進んでいきます。今ではひとりでトイレに行くこともできません。
 母のことを書かなくてはならない、と強く思い、このお話を書きました。母の介護をしていると、どうしてもイライラしてしまうことがあります。後で、苛立った自分に落ち込むこともあります。このお話が、認知症に関わる家族の方々の慰めになればと思います。

 vol.26には『チョコレート屋』というお話を書きました。
 ミルクチョコレートのみを売っている、小さなお店。ここのチョコの包み紙はすべて手書きで、1枚として同じものがない。しかも買えるのは、ひとり1枚のみ。チョコを買う、というより、包み紙を選ぶ楽しみで、主人公は通ってしまう。

 vol.27には『母の小径』を掲載。これも認知症の母を描いたお話です。
 母と手をつないで公園を歩くと、もやが立ち込めてきて、母の楽しかった記憶が映し出される。微笑ましくもあるが、そのあまりにささやかな喜びに、胸が苦しくなる。小さな花をひとつひとつ摘み、花束にしたような母の人生。

 私は母に、なにひとつしてあげられなかったと思います。それでも母は、小さな喜びを集めてくれました。そんな母のお話を書きました。

 最終号・vol.28は'15年発行。『マッチ箱の語り部』を掲載。
 ヘビースモカーのマッジは、主人公にちょくちょくプレゼントをあげていた。プレゼントと言っても、オモチャや本ではない。丸い小石や、使用済みの外国切手、アサリの貝殻など、がらくたばかり。マッジはそれをマッチ箱に収め、いかにすばらしいものかを幼い主人公に語って聞かせた。マッジが添えるお話により、がらくたは数奇な運命を辿った宝物となる。

 編集作業に取りかかってから、この号で最後だと、立原えりか先生から聞きました。最初から関わってきた「ヒースランド」。じつに四半世紀に及びます。「九十九耕一」が生まれてからずっと続いてきたこの雑誌が終わりを迎えたことは、じつに淋しいものです。
 先日「ヒースランド」に関わった人たちで、ささやかな打ち上げをしました。幹事は私です。「ヒースランド」終刊にあたり、どうしても立原えりか先生に花束を渡す場を作りたくて、師走の忙しい中、みなさんに集まっていただきました。久しぶりに会う顔もあり、思い出話に花が咲いた、楽しい時間でした。
 中山麻子さんが、「ヒースランド」で唯一私の手元にないvol.9のコピーを持ってきてくれました。『温かい手』というお話を載せたのですが、このお話、ぜんぜん記憶になかったのです。読み返して赤面! 私の青春時代のことが、多少の改ざんはあるものの、そのまま書かれているではありませんか! おそらく「お話を書くということは、自分と向き合うこと」という思いが、おかしな方向にずれてしまって書いた作品でしょう。あまりの恥ずかしさに、いつしか自分の中で消去したのではないでしょうか。
 ふたたび消去を試みたいと思います(泣笑)。

 えりか先生も、二次会にまでお付き合いいただけました。
 えりか先生、本当にお疲れ様でした。すてきな場を作っていただき、ありがとうございました。
「ヒースランド」は終刊となりましたが、通信講座「立原えりかの童話塾」は続きます。ご興味のある方は、ユーキャンのパンフレット、またはホームページをご覧くださーい。

[http://www.u-can.co.jp/course/data/in_html/27/?il=[kw]0000000000:title]


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