やなせたかしさん
昨日、やなせたかしさんの訃報を聞いて驚いた。そして残念に思った。
やなせさんは94才。ふつうに考えれば「大往生」と言っていい。でも、いつまでも元気でいてくれるように思っていた。そう思わせる方だった。
やなせさんにお会いしたことは、二年ほど前に一度しかないけれど、深く深く印象に残っている。
四人でどやどやと事務所に押しかけた私たちに対し、満面の笑みのおもてなし。アンパンマンのドラムセットを叩きながら、講談『さすらいのブラックキャット(前編)』を披露してくださった。歌も挟んだ一席で、最後は私たちも「ニャオニャオニャンニャンニャーン」と大合唱。
「先生もお疲れでしょうから、そろそろこのへんで」と帰ろうとする私たちに、「じゃあ、最後にもう一曲」と『パンジーとチンパンジー』という、悲恋をコミカルに描いた歌を歌ってくださった。
「このごろ、ちょっと根を詰めて仕事すると、目が見えなくなるんだよね。こりゃ、もうすぐ死ぬね!」と、元気いっぱいで言ったやなせさん。私たちに「この人はあと四十年くらいは元気だな」という印象を抱かせてくれた。
もちろん、そんなわけはない。私たちが帰ったあとで、きっとがっくりと疲れていたことだろう。自らを削って人を楽しませるその姿は、まさにアンパンマンそのものだ。
高校生のころ『誌とメルヘン』という月刊誌を購読していた。編集長はやなせたかしさん。
一度だけ、私の名前が載ったことがある。巻末の「今月の、最後まで候補に残った作品」というコーナーに、作品名と名前だけ。まだ一度も作品が活字になったことのなかった私は、それだけで大喜びした。
今でも取っておいているこの号を、当時とは違った愛おしさで眺める。一度はやなせたかしさんに原稿を読んでいただけたということが、じんわりと胸に染みる。
やなせさん、ありがとうございます。